プロレス団体ノアの社長でありプレイヤーでもあった三沢光晴さんが死亡しました。13日の夜に広島で行われた試合にてバックドロップの連発で心肺停止となり収容先の広島大学病院にて22時10分に三沢さんの死亡が確認されたとのニュースが流れ、一プロレスファンとして大変ショックな知らせとなりました。

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信じられない。プロレス最強の強者、三沢光晴さんリングで死亡

今となってはご冥福をお祈りするほかありませんが、プロレス団体ノアの社長であり46歳という年齢でなおプレイヤーとしても王者であり続けた三沢社長が試合中のバックドロップで意識を失い、13日22時10分に永眠されました。

ファンとしては、あまりに突然の出来事で大変ショックであり、もうあの勇姿をリングで見ることが出来ないと思うと、事実をすぐには受入れられない残念さと、まさかという想いが残ります。

当日の試合中には頭を振る仕草を見せ、調子が悪そうだったと観客の看護士からのコメントがあり、三沢さんがあまりにも過去に多くの栄光と功績をプロレスの歴史に残しているためか、46歳という年齢でのノアスタイル現役活動に疑問を抱くこともなかったが、三沢さん死亡という事実を踏まえてみると、社長としてプロレス興行を率先していく重圧にも体を張って戦っていたのだと痛感させられました。

三沢社長死亡という、まさかの結果となった当日の試合は、潮崎選手と三沢選手のタッグで、
120キロクラスのGHCタッグ王者バイソンスミス選手・斎藤彰俊選手との試合に臨み、途中から首を振るなどの不調を感じられる仕草があったところバックドロップに受け身を取ることができず体がくの字に折れ曲がったとのことです。

そのままリング上で心肺停止となり、2300名の観客から三沢コールが沸き上がるも応えることなく、選手会長の森嶋猛選手がリングに上がり三沢社長の状況をマイクで説明し、病院に搬送される結果となった。

プロレス史において、あまりにも偉大な三沢選手だけに死亡の知らせに未だ実感の湧かない人がほとんどではないかと思います。3月に地上波のテレビ放送が打ち切りとなってから調子が悪いとこぼしていた三沢社長。
プレイヤーとしてだけでなく、選手やプロレス界を引っ張っていくことにも想像に耐えない苦労があったこと、三沢さん死亡の知らせは氏の活躍を知るものにとってあまりにも大きい悲しみですが、この悲しみを乗り越えて、さらなるプロレス業界の発展に発奮していただければ三沢社長としての死亡の意味も前進するパワーに変えていけるのだと思います。

長い間、ファンとして楽しませていただきました。
タイガーマスクに憧れ、強い男に憧れ、大人になってからは社長としての三沢さんの活躍にも社会人として勉強させていただきました。

どうか、安らかにお眠りください

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